岡山の歴史

城下町(二の丸界隈)を歩いてみた!大手門から本丸への正規ルート【岡山市北区丸の内2丁目、内山下】

(写真:岡山城外下馬門跡)

現在、観光客を含めて岡山城へ訪れる方たちの多くは、石山公園を通って、岡山城に登城します。そして岡山城を観光した後は、月見橋を渡って後楽園へと足を延ばします。

後楽園と岡山城をあわせて観光をするなら、もちろん、お勧めのコースです。

ただ、お城の外観だけでなく、歴史も好きなら、今回のコースについて幾何か興味をもってもらえるのではないでしょうか?

この記事では、かって岡山城の大手門から本丸への正規ルートのあった岡山城二の丸と呼ばれていた地域の史跡情報をお知らせします。現在は、岡山市北区丸の内2丁目、岡山市北区内山下という名前になっています。

お城の正面玄関の大手門と裏口の搦手門について

桃田
この岡山城の天守閣に行くときってみんなどこから行く?

犬養
僕は、路面電車に乗ってから、城下駅で降りて、旭川沿いにのんびり歩きながら岡山城へ行きますよー

猿渡
同じく!俺は「ももちゃり派」。石山公園ポートまで乗って、そこから歩いていくかなぁ?あの立派な門をくぐると、『岡山城に来た』って実感するな

桃田
実はアレ、本来の岡山城としては裏口なんだ

(写真:岡山城廊下門)

桃田
そうだね。今の正門はそこ、って言っていいんじゃないかな。じゃあ、お城の表側と裏側とは何か整理してみようか?
犬養
えっ?普段、岡山城に行くときに利用するときにくぐる門が、その大手門じゃないの?

「大手門(おおてもん)とは、日本の城郭における内部二の丸または、三の丸などの曲輪へ通じる大手虎口に設けられた城門。正門にあたる。
元は追手門(おうてもん)と書かれ、高知城など、城によっては現在も追手門と表記しているところもある。これに対して背面の門は搦手門(からめてもん)と呼ばれる。」Wikipediaより

桃田
ところで、小腹が空かないかい?せっかくだから、京橋に大手まんぢゅうを買いに行かないかい?
雉間
大いに同意する!

大手饅頭伊部屋京橋本店

雉間
大手まんぢゅう10個入り。箱ではなく袋の方で
大手まんぢゅうさん
いらっしゃいませー。すぐに用意しますね
猿渡
ところで、気になってることがあるのですが、大手まんぢゅうさんは昔からこの場所にあるんですか?
大手まんぢゅうさん
天保八年、1837年の創業のときからこの場所ですよ
雉間
もぐもぐ
犬養
はいはいはーい!しつもーん!大手まんぢゅうの大手っていうのはどういう意味ですか?
大手まんぢゅうさん
岡山城の大手門近くにあったから大手まんぢゅうの名前を頂いたと伝えられております
雉間
もぐもぐ

大手まんぢゅうさんで「天保年間岡山城下絵図」撮影させてもらいました。

この絵図は、岡山城築城400周年と大手饅頭伊部屋さんの創業160周年を記念して池田家文庫等史料をもとに江戸時代の城下町を想像して作成したものです。

大手饅頭伊部屋さんの本店があるこの地域は現在、京橋町となりますが、創業当時、橋本町と呼ばれていました。


大手まんぢゅうさん
そこの角を曲がってしばらく行くと、段々道路が低くなっていって、そこが内堀だったそうですよ。そしてその向こうに大手門があったそうです

雉間
もぐもぐ
桃田

では、大手まんぢゅうの名前の由来となったその大手門がどこにあったか見にいってみようか?

大手饅頭伊部屋 京橋本店
住所:岡山市北区京橋町8-2

内堀

大手饅頭伊部屋京橋本店の西側にある駐車場。その駐車場が面する交差点を北に向かって歩きます。

2つめの交差点を過ぎたあたりが、岡山城の内堀の跡。

この内堀は、東は森崎稲荷の近くまで、西は表町商店街の向こうまで東西に延びていました。

猿渡
おっ?確かに少し、向こうの方が低くなってる
桃田

今は内堀は埋めたてられていて、堀があった面影は残っていないけど、このあたりがお堀のあとだったのかな?


(写真:内堀跡の東筋)


(写真:内堀跡の西筋)

大手門跡

2つ目の交差点を過ぎたあたりが岡山城の内堀跡ですが、その交差点を過ぎた右の道路わきに、ひっそりと岡山歴史のまちしるべの案内版が置かれています

そこには「大手門跡」と書かれています。

犬養
あっ、何かある!『大手門跡』だって!

猿渡
大手門の絵も描いてあるぞ!

この大手門跡の案内看板には、江戸時代の大手門の絵が表示されています。

大手門は岡山城で最も格式の高い城門で、表口にあたります。門前には内堀が東西に延び、橋が架かっていました。

この大手門の絵は、岡山名所図絵橋本の復刻本に載ってるもので、当時の大手門の様子をうかがうことができます。

渡辺数馬屋敷跡


大手門跡を過ぎ、そのまま北へ進んでいくと、左手に大本組のビルがあり、その南東にも岡山歴史のまちしるべの案内があります。

犬養
ええっと、『渡辺数馬屋敷跡』だって

渡部数馬(1608-1643)は江戸時代初期の岡山藩士で、弟の源大夫を殺害した河合又五郎を、剣豪として名高い義兄の荒木又右衛門の助太刀により伊賀上野で打ち取った「鍵屋の辻の決闘(伊賀越えの仇討ち)で知られています

雉間
江戸時代の三大仇討ちとして有名

榎馬場通り


渡部数馬屋敷跡を過ぎてそのまま北上すると、県庁通りに出ます。

この県庁通りは江戸時代には榎馬場通りと呼ばれていました。

榎の馬場

この県庁通りを東に進むと岡山県立図書館が見えてきます。この岡山県立図書館が、榎の馬場のあったところでした。

宇喜多氏が岡山城築城の際から、ここに榎の大木があったことから、当時「榎の馬場」と呼ばれていて、当時、榎の大木があったことに由来します。

この榎の馬場周辺には、岡山寺、岡山神社、蓮昌寺などがありましたが、岡山城拡張により移転しています。

今村宮でも、もともとは三社宮や三社明神と呼ばれていて、この地にありましたが、移転により今野村にあった八幡宮で一緒に祀られたことで、現在の今村宮となりました。

そのため、県庁通りを境として、表町は北側は岡山神社、南側は今村宮の氏子とわかれていました。

桃田
もともとは今村宮はこの榎の馬場にあったから、それで表町商店街が氏子になるんだよ
猿渡
表町商店街が、離れた今村宮を祀ってるからなんで?と思っていたけど、そういう理由だったのか!

外下馬門(外目安門)

この岡山県立図書館を過ぎて交差点のあたりに、大きな石垣が見えてきます。こちらは、江戸時代外下馬門があった場所です。

現在は外下馬門の北側の石垣が残っているだけで、南側の石垣は道路をつくったときになくなっています。

そして、外下馬門の手前は内堀で、榎の馬場あたりから内堀を渡る橋が架かっていました。

岡山県立図書館の正面の右側に人造の池があります。そして、池の中には円柱がいくつか並んでいます。実はこれは、内堀と、その内堀を渡る橋の橋げたをあらわしてるのです。

桃田
この内堀跡と図書館との間に岡山城の内堀跡・外下馬門(外目安門)跡の案内版があるよ

伊木家屋敷跡


外下馬門のあった交差点の向こうにある交番と駐輪場のあたりは、伊木家屋敷跡であり、岡山歴史のまちしるべの案内が表示されています。

代々、伊木家は岡山藩の筆頭家老を務め、3万3千石という大名並みの禄高と、城の本丸に最も近いこの地に屋敷地を与えられていました。

また、この伊木家屋敷跡のあたりは、春日局が岡山にいた頃に住んでいた屋敷があったと伝えられています。

目安橋


伊木家屋敷跡を北に道なりに進むと、堀の向こうに岡山城が見えてきます。堀を渡る道がありますが、こちらは目安橋となります。

大手(表口)側から本丸に通じる橋で、池田光政の代に、橋のたもとに領民からの投書を受け付けるための目安箱が置かれていたことからこの名がつきました。

目安橋のたもとに、岡山歴史のまちしるべがあり、岡山城の古写真が表示されています。本丸につながる橋や、本丸の様子がどんなものだったかが知ることができるので、ぜひ、いまの様子と比べてみてください。


目安橋を渡ると、そこからは岡山城の本丸です。

高麗門


堀を渡る目安橋を過ぎると、本丸となりますが、こちらには高麗門が置かれていました。
岡山城の本丸については、また別の記事で案内しようと思います。

本日のコース

参考資料

桃田

今回の参考資料はこちらです。特に「絵図で歩く岡山城下町」は岡山大学付属図書館所蔵の池田家文庫の絵図を利用しているため、江戸時代の城下町を知るには必読の書です。

・「絵図で歩く岡山城下町」吉備人出版 2013年3月27日 第3刷発行
・岡長平「ぼっこう横丁」夕刊新聞社 昭和40年45年5月1日発行

岡山城の縄張り

桃田

現在の街並みから当時の岡山城の様子がわかるよう、国土交通省の画像を引用しています。画像をクリックすると、より大きな画像を見ることができます。


国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省より

編集M

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Webを利用した岡山市のローカル情報発信メディアを作りたいと岡山じゃーなる!を立ち上げた人。会社に普通に勤務しているので取材に出る頻度は少ない。「枚方つーしん(ひらつー)」様から始まる「つーしん」系メディアの存在を知った後、ふくやまつーしん」様「井笠つーしん」様の存在に刺激を受ける。岡山市だけでなく倉敷市もカバーしたい。

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