岡山城西丸西手櫓に案内板が設置されてる【岡山市北区丸の内】場所は禁酒会館横

以前あったビルの解体により、姿を現すこととなった岡山城西丸西手櫓。奇跡的に岡山空襲の際にも火災の難を逃れ、岡山市の貴重な史跡です。

解体の後は、新しくビルが建つのかと思っていましたが、ありがたいことに100円パーキングになり、訪れる者に貴重な岡山城西丸西手櫓をいつでも見ることができるようになっています。

岡山城西丸西手櫓に案内板が設置されてる

岡山城西丸西手櫓のところに、新しく案内板が設置されているということで、見に行ってきました。
禁酒会館の横になります。
岡山城西丸西手櫓の案内板は岡山市が作ったのかと思っていましたが、作られたのは不動産会社の株式会社ウェーブハウスさんです。
調べたところ、今回ビルの解体を手がけたのがウェーブハウスさん。

この土地の北側に禁酒会館、東側に岡山城西丸西手櫓という立地を活かして、岡山の文化財と触れ合える場所ということで駐車場にされたそうです。

ウェーブハウスさんに感謝です。

案内板内容

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西の丸は慶長八年(1603)に岡山藩主となった池田忠継が幼少であったため、代わりに岡山城に入った兄の池田利隆によって整備された曲輪で、櫓もその頃に建てられたものとみられます。西の丸はその後、広大な御殿が整備され、寛文十二年(1672年)に隠居した池田光政をはじめ、隠居後の歴代藩主と家族が住みました。
櫓の構造は塗籠造り、二階建。部屋は入母屋造、本瓦葺で大棟両端に一対の鯱をのせ、鬼瓦は池田家の家紋である揚羽蝶文で飾り、一階の西面には唐破風が設けられています。一・二階とも桁行(南北)五間(10.36メートル)、梁間(東西)三間半(7.27メートル)の平面は長方形で、棟高三十五尺(10.60メートル)の規模です。
一階は城外側(西)壁面には壁から張り出した石落とし(俯射装置)と格子窓が二か所設けられ、南北両面に入口、東面には二か所の小窓が設けられています。内部は土間で梁材がむき出しのままの簡素な造りで、武器や兵糧の保管場所としての性格がうかがえます。
二階は南・西・北の三面は堅牢な格子付きの出窓を設けて城外への視界を確保し、内部も板張りの廊下を設けて守備兵が迅速に動けるようになっていますが、東面(城内側)の窓は広く開放的で障子や雨戸が入り、内部は座敷になって天井板も張られ、床の間や押入も設けています。
こうした造りは戦乱の危機が低下した時期になって改装された結果と考えられますが、戦闘防衛と日常生活の両方の性格を兼ね備えた構造となっています。
岡山城にはかつて天守閣のほか三十四基の櫓がありましたが、現在では本丸の月見櫓と西丸西手櫓を残すのみです。

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