(イラスト素材:イラストACより)
現在、岡山市は、平成の大合併を経て、周辺の広範囲な地域を含むようになりました。そのため岡山市は、北区、南区、中区、東区と区分されています。
この記事では、城下町岡山の古地図(江戸時代・明治時代・大正時代・戦前)についてまとめた情報をお知らせします。
県外の方に倉敷市のイメージと言えば「美観地区」となるように、岡山市のイメージと言えば、岡山後楽園や岡山城のある岡山市中心部、それこそ岡山駅周辺を思い浮かべると思います。
岡山市の中心部は、安土桃山時代に宇喜田直家・秀家親子が岡山城城下町として整備して基礎をつくり、小早川秀秋を経て、江戸時代から明治にいたるまで池田家が統治していたことにより、幸いにもまとまった文献資料を残すことができました。
ただ、明治時代になり城下町としての雰囲気が少しずつ薄れていき、岡山大空襲により岡山城や寺院を含めた城下町のほぼ全体が焼かれ、目に見える数多くの貴重な歴史を永遠に失ってしまいました。
その後も岡山市街地の発展により、岡山市中心部には、戦前の歴史を感じさせるものはほぼ残っていませんが、現在に残っている地図や町名をたどることで、その残り香を追いかけることができます。
城下町としての岡山
というわけで、昔の岡山市の様子がわかるように地図の発行年別に古地図をまとめてみました
デジタル岡山大百科(岡山県立図書館 電子図書館システム)の提供するデジタルコンテンツですので、パソコンからインターネットで公開されている岡山市の地図を見ることができます。(スマートフォン、タブレットでは見れない可能性が高いです)
江戸時代の城下町岡山の地図
1690年(元禄3年)頃 岡山城下之図 元禄頃家中屋敷割之図
1711年(宝永8年)3月 宝永八年岡山丸亀町絵図
1840年(天保11年) 備前御城下故図 夏
1840年(天保11年)備陽御城下故図 秋
1840年(天保11年)備前御城下故図 冬
1845年(弘化2年)頃 岡山之図
明治時代の岡山市の地図
1875年(明治8年)12月 官許岡山県市中略図 明治8年
1900年(明治33年)5月 大改正新市区岡山市明細地図
1906年(明治39年)8月 最新岡山市街地図
1910年(明治43年)11月 岡山市地図
1911年(明治44年)10月 岡山市明細地図 明治44年
大正時代の岡山市の地図
1916年(大正5年)1月 岡山市明細地図 附接近郡村地図 大正5年
1922年(大正11年)4月 実測岡山市及郊外明細地図
昭和時代(第二次世界大戦以前)の岡山市の地図
1932年(昭和7年) 岡山市を中心とする鳥瞰図
1933年(昭和8年)3月 岡山市全図
1934年(昭和9年)5月 最新岡山市街地図 昭和9年
1935年(昭和10年)12月 最新岡山市街地図 昭和10年
1940年(昭和15年)6月 最新詳密岡山市街地図 昭和15年
その他の岡山市の地図
上記の地図はインターネットで公開されている地図です。インターネットで公開している地図を含めて岡山中央図書館(岡山市北区二日市町)では岡山県内の地図が所蔵されています。
こちらが岡山中央図書館で所蔵されている地図の目録です。
郷土地図目録
興味をもった方は、岡山中央図書館にお問合せください。